ABOUT
第5回 事案の概要
原告は、仙台市内の短大を修了後、管理栄養士の資格を取得するため、2019年4月、被告大学の3学年に編入しました。原告と同時に被告大学に編入した学生は9人いました。原告が被告大学に編入した後、編入生向けに、大学教員による資格取得に向けたガイダンスが行われ、短大で取得した単位を別の科目に読み替えをし、若干の科目を履修すれば、管理栄養士の資格だけでなく、食品衛生管理者の資格も取得できるとの説明がありました。原告ら編入生は、その説明を信じて、必要な科目を履修するなどした上で、2021年3月、被告大学を卒業し、就職しました。
2021年4月、編入生のうちの1人が食品衛生管理者の資格取得証明書の発行を依頼したところ、同資格が取得できていないことが判明し、原告ら編入生全員が同資格を取得できていないことが判明しました。被告大学は、食品衛生管理者の資格がすぐに必要な編入生に対しては、必要な科目を無料で受講させ、通学費を負担するといった便宜をはかるなどしました。
原告は、被告大学に対して、原告が就労しながら資格を取得できるような特別授業の開講と、慰謝料として250万円の支払いを求め、弁護士を依頼しての示談交渉や、弁護士会ADRの申立てを行ったりしましたが、被告大学が誤った説明はしていないと責任を認めなかったため、話し合いでは解決しませんでした。そこで、原告は、2021年12月、仙台地裁に330万円の損害賠償を求めて提訴しました。
同訴訟においても、被告大学は、誤った説明はしていないと主張しましたが、仙台地裁の第1審判決(本判決)は、被告大学が誤った説明をしたことを認定しつつも、被告大学のカリキュラム上、2年間で食品衛生管理者の資格を取得することはできないことを前提に、①2020年10月に被告大学が行った取得を希望するアンケートにつき、原告が食品衛生管理者の資格にチェックを入れていなかったこと、②原告が就職先に提出した履歴書に食品衛生管理者の資格を記載していないこと、③取得に3年かかる栄養教諭の資格取得を原告が希望していなかったことといった事情を挙げて、原告が卒業を延期して食品衛生管理者の資格を取得したとは考えにくく、そのため、慰謝料の発生を認めるまでの精神的損害を被ったと認めることは困難であると述べて、原告の請求を棄却しました。原告は本判決を不服として控訴しました。
POINT
第5回 判決の問題点
本判決は、上記のとおり、大学側が誤った説明をしたことを認定しつつも、上記の①~③のような点を挙げて、原告が食品衛生管理者の資格を取得するために卒業を延期して本件大学に通うつもりであったとは認められず、慰謝料の発生を認めるまでの精神的損害を被ったと認めることは困難ないなどと述べています。
しかし、①原告が在学中に行われた本件アンケートに食品衛生管理者を記載していない点については、このアンケートは、原告らの卒業が近い4年生の10月に実施されたもので、どのような趣旨で行われているかも不明なものであるところ、原告は、管理栄養士試験が間近で忙しい時期であり、重要性も低いアンケートだったため、食品衛生管理者にチェックを入れ忘れていたと説明しています。
このように、重要性の低いアンケートにつき、あわただしい時期にうっかりチェックを入れ忘れるようなことはありがちなことであり、このようなアンケート結果を重視すべきではないと考えられます。また、本判決は、②原告が就職活動の際の履歴書にも食品衛生管理者の資格を記載していないことを指摘していますが、原告は、被告大学の就職サポートセンターからのアドバイスを受け、履歴書の提出先において、食品衛生管理者の資格を取得することに特にメリットがあるわけではないことから、食品衛生管理者の資格を記載しなかったと説明していますが、本判決はこれを無視して、原告に不利な点だけをつまみ食いしているものです。
さらに、本判決は、③原告が栄養教諭の資格取得を検討したが、その取得に3年かかると言われ、結果として、栄養教諭の資格の取得を目指さなかったという事情を挙げていますが、学校給食の指導・管理に限定される栄養教諭であれば3年かけて取得することは目指さないが、食品等の加工・製造施設で幅広く必要とされる食品衛生管理者の資格であれば3年かかっても取得を目指すという選択は当然ありうるものです。したがって、資格の種類を問わず3年かかるのであれば資格取得を目指さないと言っているわけではないにもかかわらず、本判決は、資格の種類や、資格が利用できる範囲を無視して一緒くたに論じており、不適切であることは明らかです。
また、仮に原告が3年という期間や通学費用をかけて食品衛生管理者の資格取得したのが確実とまでは認められなかったとしても、取得できていると考えていた資格が取得できていなかったことにより、相当の精神的苦痛を受けていると考えるのが通常ですが、本判決は、3年という期間や通学費用をかけて食品衛生管理者の資格取得したのが確実とまでは認められないことから、直ちに慰謝料の発生を認めるまでの精神的損害を被ったと認めることは困難であるなどと判示しており、不当であることは明らかです。
もし原告が相当な精神的苦痛を受けなかったとしたら、原告がわざわざ弁護士に相談して被告大学の責任を追及したり、ADR申立てを行ったり、本件訴訟を提起したりすることは考えられません。
原判決は、一個人にとって、このような手続をとることにいかに重大な精神的・肉体的・経済的負担が生じるかをまったく理解できていないと言わざるを得ず、あまりに常識外れと言わざるをえません。
COMMENTS
第5回 会員コメント
仙台弁護士会所属の弁護士有志による考察
A会員
一般に、たとえば交通事故に遭って、むち打ちや軽度の打撲傷により1~2か月通院しただけでも、数十万円の慰謝料が認められていますが、原告が受けた精神的損害が、このような交通事故による精神的損害よりも軽いなどと考えることがいかに常識からかけ離れたものであるかは明らかです。このような明らかに常識外れの判決を出してしまうことが、「裁判官は常識がない」と言われてしまうゆえんでしょう。
本判決を出した裁判体は、第4回でも総合トンデモ判決度5点満点のトンデモ判決を出していることからして、トンデモ判決の常習裁判体であり、まさにトンデモ裁判体と言わざるを得ません。
B会員
本判決は、始めに「慰謝料は発生しない」という結論ありきで、その後に、結論を理由づけるための事実を、弁論に表れた主張や証拠から、つまみ食いしている印象を拭えない。
原告が、わざわざ弁護士に相談して、被告大学の責任を追及したり、ADR申立を行ったり、本件訴訟を提起したことを等閑視している。原告がこれらの行動を取った理由としては、被告大学の種々の行為によって精神的損害を受けたからであるという発想を持たないのであろうか。
その意味で、本判決を出した裁判体を構成する裁判官は本当に人間の気持ち、感情を理解しているのか疑問を持たざるを得ない。
C会員
原告は、被告の誤った指導で資格が取れず、将来の職業の選択肢が狭まったことは裁判所も認定している。原告が大変な悩みを抱えながら弁護士に相談し、この訴訟を起こしたことは大変な決断だったのではないか。
それらを考慮せず、裁判所は、「請求棄却」の結論ありきで原告に損害が発生しないように無理くり結論付けている。
不貞慰謝料や通院慰謝料といったものは認めるにもかかわらず、それと同等ないしそれ以上に精神的に大変な苦労をしたであろうこの原告の請求を棄却した裁判所の判断は、常識的に考えてもあり得ないというほかなく、トンデモ度は極めて高い。
D会員
裁判所は、被告大学において、編入学生に対して、資格取得のための単位互換に関する説明を誤ったと認定しながら、①希望する資格取得に関するアンケートに食品衛生管理者の資格のチェックがないこと、②管理栄養士の資格を活かす保育園を志望先として就活し就職したこと、及び③編入学後、栄養教諭の資格に3年かかると説明を受けてこれを目指さなかったから、原告が食品衛生管理者の資格を卒業延長してまで取得したとは考えにくいことを理由に、慰謝料請求を否定したが、学生時代の進路決定は過渡的でアンケートへの回答は1つの方向性にすぎず、また就職先として保育園を選択就職したとしても食品衛生管理者の資格取得を断念したとは言い難い。さらに、原告が栄養教諭を希望しなかったことも請求を棄却する理由のひとつにするが、食品衛生管理士とは異種の職業であり、これを引き合いに出すこと自体疑問である。
損害の発生及びその額を極力抑えがちな日本の裁判所のスタンスからしても、職業選択肢として食品衛生管理者の途が残っていると考えていた原告の慰謝料請求を全て否定する本判決理由は説得力あるものとは言い難い。